モラル・ハザードとインセンティブ契約
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モラルハザード問題が発生するには三つの条件が必要である。
1)取引を行う双方に、利害の対立があること。
(つまり一方の犠牲の上に他方の利益が生じるということ)2)利害が異なる人間双方を、取引に至らせる理由があること。
(つまりとにかく取引をせねばならない状況に陥っていること)3)実際に契約が遵守すなわち守られているかを調べたり、あるい は遵守を強制させることが技術的・経済的に難しいこと。
(検査したり監査することが難しかったり、大きな費用がかかる) さてモラルハザードに対する第一の処方は、モニタリングや検査に金や人材などの資源を投入することである。
たとえば労働者にはタイムレコーダによる記録を義務づけることが多く、遅刻や早退に対しては減給や解雇などの処罰が課せられる。
もちろん逆に優れた行動に対し、報酬を与えることも多い。
第2の処方箋「明示的なインセンティブ契約」
仕事に対する結果がはっきりと分かる場合には、その結果の良し悪しに対して報酬を与えたり罰金を与えたりすることによって、仕事の効率性を保つ大きなインセンティブを作り出すことができる。
営業のような「取ってきた仕事の量がハッキリするような仕事」なら、「あいつは○千万円の仕事を取ってきて、○百万の利益をあげた」なんて風に結果がハッキリ出る。
またプロ野球選手のような勝敗がハッキリするような仕事なら、アベレージや勝利に対する貢献度など、比較的容易に数字を出すことができる。
だがしかし、それでもインセンティブ契約というのを上手くやるのは難しい。
というのも、たとえば業績に応じて従業員に支払う賃金やボーナスが変動するような報酬契約を結ぼうと思っても、能力のある自信満々な人間には有効なインセンティブとして働くが、それは普通一般の従業員の目に「非常にリスキー」に映るからである。
人々は自分の所得がそういうランダムな要因に依存することをあまり好まない。
非常に「リスク・アバース(危険回避的)」なのである。
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リスク・アバース(危険回避的)
人々は安くても確実に収入が得られる職場を求める。
だから、もし雇用主がそういう業績給で従業員を雇用しようと思ったら、固定給の場合より、より高い「分け前」を従業員に支払わねばならなくなる。
つまり月給三十万円の固定給と、基礎給与が二十万円で業績給が0~二十万円の間で変動する給料体系があったとしたら、たいていの人間が前者の方を選ぶ。
だから、雇用主側は基礎給与二十八万円+0~二十万円の業績給なんてふうな、殆ど従業員がリスクを負わないような契約内容でなければ、インセンティブ契約が成立しないということになりかねない。
それでは実質賃上げになり、経営者と労働者で利益をより多く山分けするということになるので、会社のために金を出した株主にとって、それは好業績時も利益を配当として受け取れないということを意味する(業績がよければそれは従業員のボーナスになってしまうから)。
そうやって経営者と従業員が利益を山分けする企業風土が確立すると、企業はいつしかなれ合い組織となり、屋台骨が崩れだす。
これはもちろん株主に対する経営者と従業員のモラル・ハザードである。
だから、そんな企業に投資したり融資したりする投資家や銀行はだんだん減って行き、ある時突然資金繰りが悪化して「倒産」ということになる。
モラル・ハザードのコントロールのために導入するインセンティブ契約も、そういう危険性をはらんでいる。
リスク負担とインセンティブ契約
モラルハザード問題を抑制し業績を高く維持するための効率的なインセンティブ契約を設計するには、改善されたインセンティブから得られる便益とリスク負担の費用をバランスさせる必要がある。
従業員に支払う報酬をリスク回避型の固定給制にすると、リスク負担費用(つまり従業員にリスク連動型の業績給を呑ませるために報酬の分配率を高めに設定するための積み増し分の出費)は最小になるが、そのかわりモラルハザード問題が発生したり、金銭的業績向上に対するインセンティブは消える。
つまり従業員は企業の業績には無関心になる。
というのも働かなくても毎回同じ給料がもらえるとしたら、人間はさほど働かないからである。
そして業績を伸ばしたり収支を改善したりする代わりに、せっせと「内職」に励んだり、自らのグループの拡大や影響力の拡大に奔走することになる。
そういう人間をうまく働かせて稼がせようとして業績と収入をリンクさせると、今度は投資家が儲からなくなる。
だから工夫してうまくインセンティブ契約を結ばなければ、設計者が意図するような組織運営や行動が生じない。
これは営利企業のみならず、公的な組織(政党・公共団体・地方自治体・公営企業・協同組合など)にも当てはまる。
詳しくはまた後に取り上げることになる。