逆選択(アドバース・セレクション)

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「逆選択」とは、契約前の情報の非対称から生まれるインセンティブ問題である。

 

 この概念は保険会社の直面した問題から確立された。

 

 たとえば医療保険に妊娠・出産に関するオプション契約(特約)を付けるとしたとしよう。

 

 妊娠・出産は病気ではないから普通は保険金は支払われないことが多いのだ。

 

 だが出産には様々な費用がかかることが多いから、そう言う事態になったときにもいくらかの保険金を支払えるように、特約としてそういうオプション(選択契約)として付けたらどうだろう?と言う話があるわけである。

 

 だが出産にかかわる費用に対しても保険金を支払うという特約を付けて保険を売り出したとすると、そのオプション契約を結ぶのは、そういう可能性の高い集団(つまり妊娠・出産を控えているとかそういう予定があるという人間のグループ)に片寄ってしまうだろう。

 

 子供を産む気や子供を作る気のない人間にとっては、妊娠・出産に関して余分に掛け金を掛けるのは無駄である。

 

 だから、どうしてもそうなる。

 

 だが保険というのは、保険の対象とならない人間が多数加入するから成り立つものなのである。

 

 なぜなら{保険加入者が支払う掛け金総額} ≧{保険会社が支払う保険金総額}+{保険会社の運営費用}でなければ保険会社は利益など出ない。

 

 利益が出ないなら、そんな保険など保険会社は売り出せない。

 

 こういうふうに、取引にある特定の人々が集まって保険などの取引が成り立たなくなるのが「逆選択」の問題なのである。

 

逆選択と市場の「閉鎖」

 

 逆選択は、保険契約を結ぶ加入者に「私的な」情報があり、契約会社にはそれがわからない事によって起こる。

 

 たとえば高額の保険金を支払う自動車保険があるとする。

 

 自動車事故が起こった時に高額の保険金が支払われる保険である。

 

 そうするとこの保険の掛け金は、通常の保険より高い掛け金でなければ成り立たないから、この保険に加入しようと言う人間は、「この保険で得をしそうな人間」すなわち「事故を起こす可能性が高く、高い賠償金を支払う可能性が高いと自覚している人間」に片寄ることになり、そういう人々に「逆に選択されてしまう」。

 

 そして逆選択が起こると当然保険は成り立たなくなり、そういう保険は提供されなくなる。

 

すなわち市場が閉じてしまうのである。

 

保険成立条件の計算

 一般に、ある保険に加入したい人間の受け取りたい保険給付額がX円だとすると、保険会社はXの値の高い人間(つまり事故を起こしそうだという人間)には高い保険料を課し、安い人間には安い保険料を課せばよいのであるが、そのX円がどのくらいであるかは個人的な「私的情報」である。

 

 だから、保険会社にはわからない。

 

 だがそれでは仕方がないから、保険会社は加入希望者に一律P円の保険料を提示し、加入者を集めることになるのである。

 

 さてここで保険加入者が保険によるリスク軽減から価値Vを得るものとしてみる。

 

 すなわち保険加入にすると、事故を起こすんじゃないかと思ってこわごわ車を運転することから開放され、ある種の余裕や安心を得られるわけである。

 

その余裕や安心の価値を金銭に換算したものがVである。

 

 もちろん安心価値Vは、人によって大きさが異なる。

 

 ボクみたいに四十になって初めて免許を取って、しかも教習所内でもこわごわしか運転できないような間にとっては、保険がなければ車なんて運転していられない。

 

 そういう人間にとっては保険料Pがかなり高くても、車を運転するにはそういう保険に加入せざるを得ない。

 

すなわち安心価値Vの値が大きいのである。


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保険成立条件の計算

 だがあまり収入が無く、しかも「自分はそんな事故なんて、絶対起こさないよ!」と甘く考える者にとっては、万が一の時の保険よりも目先の金の方が大事かもしれない。

 

 そう言う人間にとってはVの値は小さいから、掛け金Pが高ければ、そんな保険には加入しようとは思わない。

 

 つまり P≦X+V の場合にのみ、加入者は保険加入に魅力を感じ、保険に入ることになる。

 

 さてそうすると、保険会社の支払う給付金は保険料Pとどのような関係になるであろうか。

 

 たとえば給付請求額が0からX’まで一様に分布している場合を考える。

 

 つまり事故を起こさない人5人、小事故を起こす人5人、中程度の事故を起こす人5人、大事故を起こす人5人、、、といった感じで加入者が分布しているとする。

 

 この場合、加入者はX≧P-Vでないとこの保険には加入しないから、保険加入者はX=P-Vの人間からX=X’までの人間である。

 

よって保険給付額の平均値はX=P-VとX=X’の平均になり、 (P-V+X’)/2となる(保険の給付の平均値は保険料Pに対して増加関数となる)。

 

 さて保険会社は保険支払1円に関して手数料Cを取るとする。

 

 保険会社は加入を促進するために加入するときに手数料を取らずに支払の時に手数料を取るものとする(パチンコ屋の換金レートみたいなものか?)。

 

 そうすると、保険会社の負担する平均費用はPs(X)=(X+X’)(1+C)/2となる。

 

Xはもちろん最小のXである。

 

で、平均掛け金をPbとすると、Pb(X)=X+Vだから、少なくともPb≧Psならばこの保険は成り立つことになる。

 

 ところがこれを計算してみると、 X’≦{(1-C)X+2V}/(1+C)となり、Cに0以外の色々な値を入れてX-X’のグラフを描いてみても、X≦X’となるような傾きが45度以上になるグラフは描けない(注:X’はXの最大値であるからこのような条件を満たさねばならない)。

 

 すなわちたとえコストが0だったとしても、逆選択がある場合、保険というのは X=X’の場合しか成立しない、、、つまり逆選択があると保険が成立しないのである。

 

 (このモデルの説明はテキストと少し違うけど勘弁して下さい)

 

代替的な手段

 

 逆選択が生じると、保険は成り立たなくなる。

 

 だから逆選択が生じないように、保険会社は知恵を絞る。

 

 すなわちそれが「団体加入保険制度」である。

 

 個々人に保険への加入の自由を認めると、どうしても逆選択が生じやすいから、ある団体全員を保険に加入させるわけである。

 

 自動車保険なども、最初に保険に加入する場合のランクは決まっているが、それは団体加入制度を個人にばらして適用していると考えれば合点がいく。

 

 そうして何年か保険に加入した後に、保険会社は加入者の情報を得て、それぞれに適した保険の掛け金を設定するわけである。

 

 さて最後に逆選択の問題は、新古典派の市場の理論とは両立しないということを覚えておこう。

 

 新古典派理論における市場の参加者は、無人格的な人間を前提としているので、このような「私的情報を持った参加者が市場に参加する場合」には適用できないのである。

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