借り手に対するモニタリング
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S&Lに限らず、金を貸す組織は借り手を徹底的に調査する。
借り手の資産状況や、資金の使途。
信用調査や、担保、返済方法、事業計画や定期的な財務報告などを提出させて、借り手の計画が妥当なもので、予定通り金を返してくれるかをしっかり調査する。
金融機関や組織の金だって、コストを掛けて集めた金だし、機関や組織の運営にも金がかかる。
だからそうやって調査をし、判断をし、予防策を講じる。
しかし80年代のS&Lはそれをしっかり行わなかった。
と言うのもそういう調査や対策には大きなコストがかかったし、なによりも「安くて手厚い預金保険」があったからである。
つまりアメリカ国内の500にも及ぶS&Lは、「預金保険があるからそんなことしなくていいや」と、すっかり手を抜いていたのであった。
そういうわけで、政府もS&Lの投資者にうまくリスク負担を負わせることができなかった。
そうしてモラルハザード問題が発生しだしたのだ。
競争の激化と逆効果
S&L業界に発生したモラルハザード問題は、競争によってどんどん巨大化した。
投資が失敗しても損をせず、成功すれば大きな利益が得られるなら、誰だってお金を投資する。
そうしてその一方で各S&Lは、預金金利を引き上げだした。
資金を民間からどんどん集め、さらにどんどんハイリスクな投資に投じだしたのだ。
堅実な経営をしているS&Lからは資金が逃げ、危ないS&Lに資金が移動した。
そうして堅実なS&Lの大半が競争に敗れた後、大きな不動産市場の暴落が始まった。
すなわちバブルの崩壊である。
S&Lの失敗はFSLIC(預金保険機構)が背負うこととなり、そしてそのFSLICの手に余る負担は、結局納税者が負うこととなった。
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■S&L事例に登場する三つのモラルハザード・グループ
S&L危機に関しては、三つのモラルハザード・グループが存在した。
第一のグループはまず、S&Lの所有者であった。
このグループは過度に危険な投資を手がけたり、不正を行った。
第2のグループは預金者で、預金保険の存在のために、S&Lの監視を怠った。
第3のグループは政治家で、預金者保護の名目でFSLICの補償額を引き上げる一方、FSLICに支出する保険の準備金を低くした。
そしてS&L危機の初期の段階で、FSLICや納税者を保護しようとする規制当局の介入を阻止してしまった(もちろんS&Lが政治家に対して献金をしていた影響もあるが)。
預金保険という「保証」があるということをよいことに、所有者・預金者がリスクの高い投資先への投資を強烈に押し進め、一方規制緩和によるFSLICへの拠出金減少が保証準備金の不足を招き、結局S&Lの失敗はアメリカの納税者が埋め合わせする羽目になった。
■公営保険vs民営保険
S&Lの破綻はもちろん保険の必要性を否定するものではない。
だがしかし、公的な無制限の保証は巨大なモラルハザード問題を引き起こす。
アメリカ合衆国政府による保険は、FSLIC以外にも・年金給付保証公社PBGC・連邦農作物保険公社FCIC・連邦譲渡抵当連合機関GNMA・学生ローンなどがあるが、そこで考えられるのは、「公営」保険でなく「民営」保険ではどうかという問題である。
民営保険ではモラルハザードの問題は確かに小さくなるだろう。
だがしかしそこにはまた別の問題が生じる。
民営保険では確かに破綻しても納税者の負担は軽減される。
がしかし民営である故に、保険加入条件が厳しくなり、社会全体に保険の便益をもたらすのが難しくなる。
また生命保険などでは、自殺による支払例外期間直後の自殺が増え、保険金目当てのモラルハザード自殺が発生している。