リンカーン・エレクトリック社のインセンティブ契約
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不完全なコミットメント問題が発生するのは、労働者側でも同様である。
ある時期での業績規準調整に際して、その一期前の業績を用いずにインセンティブを変更しないということに経営者がコミットできるならば、それは当事者全員の利益となる。
その逆にラチェット効果が起こるようなことになると、下手に良い成績を上げてしまったら、さっさと辞めねばならなくなってしまう。
たとえばリンカーン・エレクトリック社はインセンティブ契約、特に出来高払い制を広範に用いていることで有名である。
だがしかしリンカーン・エレクトリック社は、一旦出来高に対する単価を設定したなら、設備変更や新たな生産方法の導入が無い限り、それを変更しないと言う政策を何十年にも渡って堅持してきた。
生産方法が変化した場合には、新規にタイム・アンド・モーション・スタディによる新基準が設定され、たとえ後になって実際の業績に比して規準が低すぎたとわかっても、実質的な変更は加えない。
規準が低すぎれば労働者が多大な賃金を手にすることになるが、労働意欲に対するインセンティブが損なわれることはない。
だがしかしリンカーン・エレクトリック社のような報酬システムを他の企業が採用しないのにはわけがある。
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コミットメントがうまくいくには、企業の一貫性が重要
リンカーン・エレクトリック社は長年に渡ってタイム・アンド・モーション・スタディによる規準作りを行っているので、適正な規準を作る十分なスキルがある。
また出来高制も非常に広範に行っているので、特定の部門にだけインセンティブを与えるというような偏りも小さい。
そしてまた長年それでやって来たので従業員の経営陣に対する信頼が厚い。
つまりコミットメントがうまくいくのである。
そういう一貫した形で企業文化を培ってきたからこそそれが可能なのであって、そういう土壌のない他の企業が部分的にそれを採用するのは難しいのである。
ラチェット効果をコミットメントの問題として捉えると、「自営」や「所有」が時として役立つことがある。
自営の場合には、企業は顧客に直接財やサービスを販売する。
またその産業が競争的であれば、市場の作用による比較規準を規準として設定できる。
だから、過去の高実績によって次期の規準を高く設定されるということはない。
またジョブ・ローテーション(一定期間ごとに従業員の職務を変更する制度)も、ラチェット効果緩和に役立つ。
基準設定には過去の他人の業績の平均を採用できる。
だから、本人の努力によってそれが引き上げられる恐れは小さい。
もちろん短期間で職務が変わると、職務上の経験蓄積機会が減る。
だから、仕事の効率性が落ちるという恐れはあるのだけれど。