モラル・ハザードとは
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さて今回からは最近何かと話題のモラル・ハザードです。
去年の三月末にここを読んだ頃には、モラル・ハザードなんて言う言葉はまだ殆ど世間に浸透しておらず、ニュースステーションで久米宏さんがこの言葉を口にしただけで「へえーっ」と思ったもんでしたが、この一年で一ぺんに定着してしまいましたね。
ただ最近よくマスコミで取り上げられるモラル・ハザードと、この組織の経済学で取り上げられているモラル・ハザードとは、少々ニュアンスが違うように思います。
ボクの理解ではモラル・ハザードの意味合いには
- 1)情報の非対称によって起こるモラル・ハザード→取引相手の無知につけ込んで、自らの取り分を大きくする。
- 2)保険に加入していることによって起こるモラル・ハザード→危険や問題に対する認識が甘くなり鈍感になる。
という二つの意味合いがあって、この本では1)の方の理解に重点を置いて考えているようです。
なのでモラル・・・と言っても善悪で捉えないように気を付けながら勉強した方がいいかも知れません。
モラルハザードの概念
高速道路をドライブ中に故障が起こったとする。
そうしてサービス・ステーションで修理を頼んだところ、修理工が「ラジエーターを替えねばならない」と言ったとする。
しかしたいていのドライバーにはそれが本当であるかどうかは分からない。
単に修理工がラジエータを売りつけたいだけである可能性だって十分にある。
「修理に関する決定的な情報」は修理工が握っているが、修理工とドライバーは利害が相異なる。
だから、もしかすると彼は正確で必要な情報を正直にドライバーに報告しないかも知れないのだ。
このときもしこの修理工がウソを付いて、修理すればまだまだ使えるラジエーターを廃棄したとすれば、ドライバーの利益は損なわれよう。
修理すればまだ問題なく十分に使えるというのに、ラジエータを付け替えるというのは損である。
つまりこうしてドライバーの経済的犠牲によって、修理工が得をし、またまだ十分に使える資源を廃棄することで社会的な利益も損なわれることになる。
そしてまたその修理工がいい加減な取り付けをして、さらにそのやり直しのためにもっと多くの出費が必要になることだってしばしばだ。
こういう効率的な結果をもたらす行動が明らかでないことをよいことにして、他人の利益を犠牲にして自己利益を追求する行為によって発生する様々な問題を「モラルハザード」と言う。
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保険とモラル・ハザード
モラルハザードという言葉は本来、保険業界の用語であった。
自動車保険に加入したドライバーは、保険に入っているという安心感から粗雑な運転を平気でするようになるかも知れない。
たとえ保険契約の中に「注意深く運転すること」という一文を挿入したとしても、契約者がそれを守って運転するかどうかは保険会社には観察できないし、立証することはできない。
また健康保険などでも同様のことが起こる。
健康保険に加入している人は病気に対しての注意が低下するかも知れない。
保険があることによって行動や日常の生活が不健康になり、支払う保険料よりはるかに多くの費用を病院で使うかも知れない。
そうして保険という存在によって、自動車事故や病気の発生がかえって増えてしまう。
こういう問題も「モラルハザード」の問題である。
モラルハザードと効率性
保険の場合、モラルハザードは「効率性」の問題である。
契約者の、契約前と契約後の行動が異なると言うことは、コスト増を生む。
普段自分の車を傷つけないように慎重な運転をしているドライバーでも、レンタカーなら少々擦っても気にしないかも知れない。
レンタカーを傷つけないように慎重に走っても、或いはそういうことを気にせずに気楽に走っても、レンタル料は同じである。
だから、大抵のドライバーはそこで気楽に走る方を選択する。
また健康保険に加入している者は、些細な病気でも病院を利用する。
栄養をとって静かに寝ているだけでも直るような病気でも、平気で医者にかかり、そして支払った保険料以上の便益を得ようとする。
しかしレンタカーを少し乱暴に運転したり、通院の必要のない患者やその患者を受け持った医者は、そのことを誰にも報告しない。
保険会社も保険加入者のそういう私的情報を収集したり、契約者の監視を巨大なコストをかけて行うだけのメリットがない。
つまりモラルハザード問題は「情報の非対称問題」であり、また「契約や取引の相手が適切な行動をしているかどうか監視や強制が難しく、またそれを行うのには大きなコストを伴う」ような場合に生じるわけである。
つまりこれもまた契約の不完備性に基づく問題の一種であると考えられ、「モラル・ハザード」という風にこの現象を呼んでいても、必ずしもこれが「悪意」によって生じているわけではないということも、しっかり認識しておかねばならない。