リスク中立的なエージェントのモラルハザード
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ここまでは、エージェントがリスク回避的であるという仮定の下に議論を展開してきた。
すなわちたいていの人間が完全歩合制よりも固定給をもらう方が有り難い、給料が業績に応じて激しく変動するなんて耐えられない、という仮定のもとに話をしてきた。
だがしかし、仮にリスク回避係数rが0の人間、すなわちリスク中立的であれば、問題は生じないのだろうか?
エージェントがリスク中立的であっても起こる問題
エージェントがリスク中立的であるということは、エージェントが挙げた業績の利益を全て自分で受け取り、損失は全て自分で支払うということである。
だがしかし、利益を全て自分で受け取るのは簡単でも、損失を全て支払うのは難しい。
まず第一に、エージェントが十分な資金を持っていない場合、全てのリスクを補償するのはまず無理である。
そしてまた、事故などによる死亡とか、環境汚染などといったリスクが金銭的なものでない場合、それを埋め合わせることは難しい。
エイズなどのウイルスに汚染された血液を輸血されたり、放射性廃棄物によって致命的なDNA損傷を受けた場合、いくら金銭があっても元通りにはならないし、それに妥当する金銭がいくらかを計算するのも難しい。
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プリンシパル=エージェント問題上の「逆選択」
発明家が何か商品を発明したとしよう。
そうしてその製造と販売をあるスーパーのチェーンに託すことを考えよう。
このときその商品の製作・販売のリスクは、契約を結んだスーパーが負うのが妥当である。
と言うのも普通、発明家とスーパーのチェーンでは後者の方がリスク負担の能力(リスク受容能)がはるかに大きいからである。
だから発明家はその商品の製作販売の権利を全てスーパーのチェーンに売り渡すのが効率的になる。
スーパーはその販売によって得られる利潤を全て受け取ることができるから販売に力を入れるし、発明家もその商品の開発に要したコストと発明による利潤を受け取ることができる。
だがしかし、ここでひとつ問題が生じる。
というのも、発明家よりスーパーのチェーンの方がお客さんの選好を知っている場合が多いから、「逆選択」が起こるのである。
つまりスーパーは発明家の提示する金額よりはるかに多い利潤が得られると考えたときのみその契約を結び、そうでないときは結ばないから、発明家はその商品の発明による利潤を受け取るどころか、そのために投じたコストを回収することすら難しくなるのである。
「逆選択」のおさらい
「逆選択」とは、たとえば自動車保険などで事故に対する保険金支払を高く設定(つまり掛け金も高くなる)すると、事故を起こす確率の高い顧客ばかりがその保険に加入し、保険の採算が合わなくなるような現象のことである。
掛け金が高くなると、大きな事故をおこさないような安全なドライバーは「見合わない」と判断してその保険を敬遠する。
しかし逆に冒険的なドライバーはたくさん加入する。
冒険的なドライバーは事故を起こす確率が高いから、保険会社はその保険によって利潤が出なくなる。これがつまり「逆選択」である。