資産効果が存在する前提

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 「コースの定理」は「資産効果が存在しない」という前提で成立するものである。

 

 だから、そのまま現実社会で適用できるモノではない。

 

 だがしかしこれは物理学で言う「質点」つまり「質量はあるが大きさはない点」の概念のように、モデルを簡略化して把握することができる利点がある。

 

 物理学でこういう概念をまず採用するのは、大きさがないという条件下では大きさからくる様々な要素を捨象(細かいことはバサッと考えないことにしてしまうこと)できるからである。

 

 最初に大きさのない質点一つについて考え、そこから大きさのある物体の運動、あるいは重心がたくさんあるような多重心の物体の運動へと思案を広げていく。

 

直線運動から平面運動、そして空間運動へと広げていく。

 

 それと同様にこれまでは、まず「資産効果がない」という前提でモノを考え、そこから「コースの定理」だとか「総価値最大化原理」だとかいったふうな「骨格にあたる考え」を広げてきた。

 

 では資産効果が存在するという前提では、何が起こるか? 資産効果というのは、人々が十分なお金を持っていないということである。

 

 だから、途上国の問題に関しては「資産効果がない」という仮定は置いても役にはたたない。

 

 たとえば発展途上国のように、収入によって健康状態が明らかに異なるということがある。

 

 つまり先進国では旨い不味いを別にすると、低賃金でも充分栄養のある食事をとることができるが、途上国ではお金がなければロクなものが食えないような事が起こる。

 

 このような場合、低賃金しか支払わないと従業員の健康状態が悪くなり、仕事の効率も落ちてしまうといったことが頻繁に起こる。

 

 日本でも「食事付き」「賄い付き」といった仕事は結構あるが、働いているヒトはたいてい資産を持たない人間か修行中の人間である。

 

 こんな場合に「資産効果がない」という仮定の下で「総価値最大化原理」を展開しても仕方がない。

 

 また前号で書いた「エージェントがリスク中立的である場合」でも、資産効果が絡んでいる。

 

 あの場合もプリンシパル=エージェント関係においてエージェントがリスクを全て負い、利益も殆ど全てエージェントが取るわけだ。

 

 だから、資産があればエージェントがプリンシパルからその業務全体を買収すれば何も問題はないことになるが、実際にはエージェントにはそんな金はないからやはり問題は解決しない。


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資産の所有と効率性

 資産効果があるという状況で大問題なのが、「生産財を誰が所有すべきか」という問題である。

 

たとえば長距離トラックの運転手が自分のトラックを用いて仕事をする場合、トラックの管理は十分に行き届き、その便益は最大化されよう。

 

 だがそれが会社所有のモノを使っていて、報酬が歩合制ならば、運転手はトラックを酷使して歩合を稼ごうとするだろう。

 

 そうなると酷使されたトラックの寿命は短くなり、メンテナンスにも余分な費用がかかる。

 

 だから、全体の総価値は大きく減ってしまう。

 

 つまり運転手にトラックを購入することを奨励し、そのために十分な報酬を支払わねば「全体として非効率」になってしまうのだ。

 

 これも「資産効果があるために、総価値最大化原理が応用できない例」のひとつである。

 

 総価値最大化原理は、あるグループ全体の総価値(総効用)が最大化されるとき、グループ内の配分には関係なく効率性が達成されるという原理である。

 

 この原理によると運送会社とドライバーでどのように利潤を分け合っても結果は同じということになるはずだ。

 

 しかし、資産効果が存在するのでドライバーにたくさん給料を分配して自分の車を持たせた方が効率が上がり、逆だと効率が下がるといった現象が起こるのだ。

 

 最後に資産効果のあるなしは、貧富の差を広げる働きを持っている。

 

 というのもトラックを持つ運転手はそうでない運転手より効率的に稼ぐだろう。

 

 途上国でプロジェクトを行い従業員を採用する場合でも、効率性の面から健康で明るい人間を採用し、不健康な貧乏人はあんまり採用されないだろう。

 

 健康も笑顔も広い意味で資産である(「貧乏人の正体」参照)から、そういうふうにして収入に大きな差ができてしまうからである。

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